大正時代の着物と聞くと、レトロでどこか華やかな印象を持つ人も多いのではないでしょうか。とはいえ、当時の女性が実際にどんな着物を着ていたのか、詳しく知る機会はなかなかありません。
ここでは、大正時代の女性の着物スタイルを、時代背景や模様の特徴、洋装との組み合わせなどから丁寧に解説していきます。矢絣の袴姿や洋小物とのアレンジ、職業や年齢による違いまで、さまざまな装いを具体的に紹介します。
大正ロマン風の装いを再現したい人にも、当時の暮らしに興味がある人にも、きっと参考になるはずです。
大正時代の女性はどんな着物を着ていた?背景と特徴をくわしく解説
明治から昭和への移り変わりの中で、大正時代は女性の装いにも大きな変化があった時代です。まだ着物が主流だったものの、社会の近代化や女性の社会進出にともない、柄や色づかい、組み合わせにも多様性が生まれました。動きやすさや洋装の影響を意識したスタイルも広まり、従来の和装とは一線を画した特徴も見られます。
大正時代の象徴!矢絣に袴を合わせた女学生スタイル
矢絣模様の着物に袴を合わせた装いは、大正時代の女学生を象徴するスタイルとして知られています。矢絣は「矢が戻ってこない」ことから縁起の良い柄とされ、卒業式にもよく用いられました。袖丈の長い着物に袴を重ねることで、華やかさと動きやすさを両立していた点が特徴です。
衣紋をあまり抜かず、襟元はきちんと詰めた着方が主流で、足元には草履ではなく編み上げブーツを合わせることも珍しくありませんでした。髪型も和髪ではなく、丸髷風や洋風のアップスタイルにまとめるなど、全体にモダンな雰囲気が漂っていました。
大正時代の日常着として定番は小紋・縞・格子柄
日常の着物としては、小紋や縞模様、格子柄といった比較的シンプルな柄が好まれました。これらは着回しがしやすく、家事や外出にも適した実用的なデザインでした。素材には木綿やウールも多く使われており、柔らかくて軽く、動きやすさも重視されていました。
丈はやや短めに着付けられ、足さばきの良さを確保するために腰上げされていることも多く見られます。帯は名古屋帯よりも結びやすい半幅帯が一般的で、結び方も文庫結びや貝の口など、簡素ながらも個性が出せるものでした。
祝いの場で着られた友禅・絞り・刺繍入り
晴れの日の装いには、友禅染や総絞り、金糸や銀糸を使った刺繍がほどこされた着物が選ばれました。訪問着や振袖など格式のある着物も使われ、色は赤や紫といった華やかなものが多かったのが大正の特徴です。
また、裾や袖にだけ柄がある「絵羽模様」も多く見られ、遠目にも映える美しさが意識されていました。帯には丸帯や袋帯が用いられ、大きくふくらみのある結び方で後ろ姿にも華やかさを演出しています。
大正時代の女性が着物に合わせたのは草履か編み上げブーツ
足元のスタイルも大正時代の着こなしのポイントです。草履や下駄といった和の履物が使われる一方で、当時流行したのが洋風の編み上げブーツでした。とくに女学生や若い女性を中心に人気があり、袴や短めの着物丈と相性が良いことから愛用されました。
また、足袋の上からブーツを履くスタイルは、和洋折衷の典型とも言える装いで、大正モダンを象徴するアイテムでもあります。天候に左右されにくく、歩きやすさの点でも実用的でした。
今の着物とは異なる大正時代らしさ
現代の着物と大正時代の着物を比べると、まず色づかいに大きな違いがあります。大正期の着物は赤や紫、深緑、濃紺など、はっきりとした色合いが多く、配色も大胆でした。柄も、伝統的な和模様に加えて西洋風の花や蝶、幾何学模様などが混ざり、モダンで個性的な印象を与えます。
また、洋装文化の影響から羽織やレース素材の小物を組み合わせるなど、自由度の高いアレンジも多く見られました。髪型も含め、全身で時代の空気をまとうような着こなしは、大正時代ならではの魅力と言えます。
洋装文化を取り入れた大正ロマン風の装い
明治末期から大正にかけて、西洋文化の影響が強まり、女性の着物スタイルにも新しい感覚が加わりました。和装を基本にしながら洋風のアイテムを取り入れる装いは「大正ロマン」として親しまれ、モダンで洗練された印象を持たれるようになります。
羽織やケープを重ねた洋風アレンジの重ね着
大正ロマンを象徴するスタイルのひとつが、羽織やケープを重ねる着こなしです。道中着や和装コートとは違い、洋風のケープはふんわりとしたシルエットで、動きのある印象を演出します。
ウールやベルベット素材のものも使われ、防寒性とおしゃれを兼ね備えたアイテムとして人気でした。袖や襟まわりにレースをあしらったものや、洋風の留め具をつけたデザインなど、見た目にも華やかさが感じられます。重ね着そのものが、防寒のためだけでなく、おしゃれを楽しむ工夫でもありました。
リボンやレースを取り入れた洋小物との組み合わせ
洋風の小物を和装に合わせる工夫も、大正ロマンの魅力のひとつです。たとえば髪にリボンを結んだり、レースをあしらった髪飾りを加えたりするアレンジは、当時の若い女性に人気でした。
首元にレース付きの半衿を重ねたり、手袋を合わせたりすることで、やわらかな印象をプラスすることもできます。バッグも巾着に限らず、洋風のハンドバッグが取り入れられるようになり、全体のコーディネートに西洋的なアクセントが添えられていきます。
編み上げブーツ・洋傘・帯留めを合わせた大正時代の流行スタイル
足元には草履だけでなく、編み上げブーツも多く使われるようになりました。とくに袴スタイルや丈の短い着物と相性が良く、街を歩く女性たちの定番となっていきます。
日差し除けとしてだけでなく、装いのアクセントとして使われたのがレースやフリル付きの洋傘です。手に持つだけで華やかさが増し、着物姿を一層印象的に見せてくれます。帯の中央に飾る帯留めもガラスや陶器、金属製のモチーフが登場し、洋風の意匠がアクセントとして活かされました。
こうした小物づかいを通して、和装と洋装が自然に混ざり合い、大正時代ならではのスタイルが形づくられていきました。
女学生・職業婦人・既婚女性によって異なる着物のスタイル
大正時代の女性の装いは、年齢や立場によって大きく異なります。とくに、女学生・職業婦人・既婚女性という三つの層は、それぞれの社会的役割や暮らし方に合わせた着物スタイルを身につけており、その違いは見た目だけでなく意味合いにも表れていました。
矢絣と袴で統一された高等女学校の制服的スタイル
高等女学校の生徒たちには、矢絣模様の着物に袴を合わせるスタイルが定着していました。これは制服に近い感覚で、全国の女学校で共通して見られた装いです。矢絣には「的を射る」「まっすぐ進む」といった意味が込められ、教育の象徴としても選ばれていました。
着こなしは端正で、衣紋は控えめに抜き、襟元はきちんと整えるのが基本です。足元にはブーツや運動靴を合わせ、勉学に励む日常にも対応できる機能性が重視されていました。
職業婦人に好まれた活動しやすいシンプルな着物
電話交換手やタイピストといった仕事に就く女性たちは、「職業婦人」として社会に新しい存在感を示していきます。彼女たちの装いには、動きやすさと清潔感が求められ、縞や無地、小紋など控えめな柄が選ばれることが一般的でした。
色も紺や灰色、茶系など落ち着いたトーンが中心で、袖丈は短めに仕立てられることが多く、帯も簡素でまとまりやすい結び方が用いられていました。足元には下駄やブーツを合わせ、すっきりとした印象に仕上げられています。
既婚女性に見られた落ち着いた色と仕立て
家庭を守る立場にある既婚女性は、派手さよりも落ち着きを感じさせる着物を選ぶ傾向が強くありました。色味はくすんだ赤や深緑、茶などが多く、柄も小花や市松模様のように控えめなデザインが好まれます。
着方にはゆとりを持たせ、帯には名古屋帯や丸帯を用いて、安定感のある後ろ姿を意識した装いが中心です。髪はきれいにまとめ、かんざしや櫛で上品に整えるなど、日常の中にきちんと感を大切にした美しさが感じられます。
大正時代に流行した柄と色の特徴
大正時代の着物は、伝統的な和の美しさに洋風の感性が加わり、色柄の面でも大きな変化が見られます。柄のモチーフや色使いには、当時の女性たちの自由で進歩的な感覚が反映され、装い全体がより個性的で華やかなものへと進化していきました。
矢絣に代表される大正女学生の象徴的な模様
大正時代を象徴する柄といえば、まず挙げられるのが矢絣です。鋭い矢羽根を連ねたような連続模様は、まっすぐ進む、戻らないといった意味を持ち、前向きな女性像を映すモチーフとして親しまれてきました。
この柄は女学生の袴スタイルと強く結びつき、制服のような存在として定着しました。矢絣の着物は赤紫や藍色など濃い色地に白い模様が入るのが一般的で、メリハリのある印象に仕上がります。繰り返し模様でありながらも、芯のある強さや上品さを感じさせる柄です。
赤・紫・紺を中心とした大胆で鮮やかな色使い
色づかいにおいても、大正時代の着物はとても特徴的です。明治以前の渋く落ち着いた色合いから一転し、赤や紫、深い紺、山吹色など、力強く鮮やかな色が多く使われるようになります。
染色技術の発達や新しい染料の導入により、より自由な色選びが可能になったことも、この変化を後押ししました。また、複数の色を重ねたり、帯や小物にあえて対照的な色を使うなど、コントラストの効いた配色も人気を集めました。
バラや蝶など西洋風モチーフを使ったモダンな柄
柄のモチーフにも、西洋の影響が色濃く表れています。とくにバラやチューリップ、蝶、葡萄の房など、もともと和装にはなかった洋花や生き物のデザインが取り入れられるようになります。
それらは型染めや友禅、刺繍などさまざまな技法で描かれ、和の生地や構図の中に絶妙に調和する形で表現されました。モダンでありながらも過剰ではなく、品のある華やかさをまとった柄が多く見られます。柄の大きさや配置にも工夫があり、遠目でも印象に残るような大胆さを持っています。
大正時代に着物と合わせて楽しまれた髪型と小物づかい
着物の魅力は、柄や色だけでなく、それに合わせる髪型や小物にも表れます。大正時代の女性たちは、装いに個性や華やかさを添えるために、髪の結い方や装飾小物にもこだわりを持っていました。和装の基本を保ちつつ、西洋の要素も柔軟に取り入れたスタイルが、この時代ならではの雰囲気を作り出しています。
洋髪やアップスタイルが流行した大正モダンの髪型
大正時代は、女性の髪型にも変化が現れた時期です。従来の和髪から少しずつ変化し、髪をまとめる位置や形に洋風の感覚が加わるようになりました。とくに襟足をすっきりと見せるアップスタイルは人気があり、着物との相性も良いことから広く定着していきます。
丸髷風にアレンジしたり、横にボリュームを出してレトロな雰囲気を演出したりと、同じアップスタイルでもバリエーションはさまざまです。前髪を残したり、ウェーブをつけたりといった洋髪的な要素も加わり、和洋折衷の魅力が感じられる髪型が好まれました。
リボンや「カチューシャ風」の髪飾りなど洋風アクセサリーの取り入れ
髪型の変化とともに、洋風アクセサリーを取り入れる女性も増えていきます。特にリボンは若い女性や女学生に人気で、頭に大きめの布製リボンを結んだスタイルは、大正期の象徴的な可愛らしさとして親しまれました。
また、1910年代に舞台『復活』で話題となった「カチューシャ・ブーム」をきっかけに、リボン状の布で作られたヘアバンド風の髪飾りも流行しました。これらは現代のカチューシャとは異なりますが、髪を飾るアイテムとして着物姿にも自然になじみ、洋風の要素を柔らかく取り入れる手段として活用されました。
かんざし・帯留め・巾着に見る和装ならではの小物づかい
洋風の要素が広がる一方で、伝統的な和小物も健在でした。かんざしや櫛、帯留めといった装飾品は、今も昔も和装を彩る重要なアイテムです。大正時代には、これらの意匠にも変化が見られ、ガラス製や金属製のモダンなデザインが登場するようになります。
帯留めには、花や蝶、幾何学模様など洋風のモチーフが使われることもあり、装いの中にさりげないアクセントを添えていました。巾着や信玄袋なども、素材や柄に工夫が凝らされ、機能性と見た目の両方を楽しむ小物として活用されています。
大正時代の着物を現代のスタイルに取り入れる方法
アンティーク着物の魅力をもっと気軽に楽しむ方法として、大正時代のデザインを現代風にアレンジするスタイルが注目されています。すべてを本格的にそろえなくても、身近なアイテムとの組み合わせで大正ロマンの雰囲気を取り入れることができます。
羽織や袴風スカートを使ったレトロモダンコーデ
大正時代の雰囲気を出したいときに取り入れやすいのが「羽織」です。シンプルなワンピースや無地の洋服に羽織を重ねるだけでも、一気にレトロな印象が加わります。羽織の丈は短めのものを選ぶとバランスがとりやすく、街歩きにも自然になじみます。
また、袴風のプリーツスカートを合わせるコーディネートも人気です。上半身に柄のある着物やブラウスを合わせることで、和のテイストを感じさせながらも動きやすく、現代的な着こなしとして楽しめます。
洋小物と組み合わせて楽しむ着物スタイル
大正時代に流行した編み上げブーツやレースの手袋、洋風のハットなどは、今でも簡単に手に入るアイテムです。これらを着物と合わせることで、大正ロマン風の装いを自然に演出できます。
特に帯留めやバッグは、少し洋風なデザインのものを選ぶだけで印象ががらりと変わります。古典的な着物にあえてモダンなアクセントを加えることで、自分らしいスタイルに仕上がります。
普段着の一部として取り入れる着物アイテム
着物そのものを着るのはハードルが高く感じる場合でも、帯や半衿、足袋ソックスなど一部のアイテムを取り入れるだけで雰囲気を楽しむことができます。たとえば、帯をストールのように巻いたり、羽織をアウター代わりに使ったりするだけでも、着物の魅力を日常に活かせます。
アンティークショップで出会える大正時代の小物は、素材や色づかいに独特の味わいがあり、現代のシンプルな服とも好相性です。和洋の垣根にとらわれず、自由な発想で楽しめるのが大正着物の魅力です。
大正時代の着物は現代でも人気!
大正時代の着物は、今も多くの人に親しまれています。和と洋がほどよく混ざったデザインは、今の感覚でもおしゃれに見え、レトロなのに古くさく感じない魅力があります。
卒業式や成人式などの特別な日にはもちろん、レトロな街歩きや撮影でも人気があり、大正風の着物を扱うレンタル店も増えています。鮮やかな色づかいや自由な小物づかいは、今のファッションにも自然になじみやすく、自分らしい装いを楽しみたいときにもぴったりです。
少しだけ取り入れてみるのもいいですし、思いきって全身で大正ロマンを表現してみるのも素敵です。自分なりのアレンジで、大正時代の着物をもっと身近に楽しんでみてください。